日記:20240327 光陰ビュンビュン

日記:20240327 光陰ビュンビュン

 

 ぼーっとしてる間に、暖房をつけなくても身体が強ばらない夜が増えている。桜が咲き始めている。おののく。びっくりです。

 

 今日は朝7時に目が覚めて段ボールをまとめたり洗濯をしたりしっかりヘアメイクをしたりぼんやり午前を過ごして、昼からちょっとカラオケに行って歌って、ずっと気になっていたカフェでキャラメルラテを飲みながら勉強をして、映画を観て、帰宅。なんと健康的な一日か。

 

 定期的に、どうしようもなく漠然とした虚しさに襲われて泣きたくなる。自分以外の人間全員が不安に捕らわれずにまっとうに生きているように見える。自分だって常に落ち込んでいるわけではないので、それこそ今日カフェでラテを啜りながらiPadを操作していた私は、傍からは大した悩みもない幸せな人間に見えるだろう、そして私が勝手に他者をまっとうだと見做しているだけなのだということは分かっている。分かっているつもりで、なおコントロールできない。

 ずっと焦りが頭にあって、それが大きくなったり小さくなったりしている。人と居る時はその焦りに蓋をして何でもないような顔で取り繕って、でもお喋りをしている間に焦りが吹き溢れてネガティヴな発言をしてしまって激烈に後悔したりする。

 

 数日前、姉が会いに来てくれた。姉とお出かけをしたりお喋りをしたり、楽しい時間だった。姉は私がメンタルを持ち崩す時期より前に家を出たので、姉と話しているときは自分が昔に戻れる気がする。ほかの家族には、直接散々な迷惑をかけてしまったので、接する時に後ろめたさを拭いきれない。姉にも、私がいなければ姉は専門学校まで行けたかもしれないとか、姉は高卒で自活しているのに私はちんたら大学まで行かせてもらって、とかの後ろめたさはあるのだけれど、それはメンタルを持ち崩す前から持っているものなので、ほかの家族に抱く後ろめたさとは別のジャンルになる。ともあれ、姉と過ごしている時間はわりあい自然な自分(だと自分では思う自分)でいられるのである。

 ふいに蛍光灯に照らされた姉の顔が、写真で見た若い頃の母に似ていて、もっと言えば私の古い記憶にあるいつかの母にも似ていた。姉と、あの声優さんがアツいだのどうのこうのと小中学生の頃と変わらないようなオタクの会話をしていたのに、時の流れを突き刺されたような気分になった。最近こういうことが多い。四半世紀も生きるとこうなってくるんですね。いつまでも卓袱台のうえに折込チラシの裏紙を広げて、NARUTOのオリジナル忍者のことを考えていたかった。笑っていたい。笑っていたかった。肉体ばかり老いていく。焦燥感に呑まれて震えて布団に包まる、怠惰を、続けていく。

 

 先日ちょっと高めの美容室でパーマをかけてもらって、良い感じになった。去年買い逃したカーディガンをメルカリで確保した。今日の私はしっかりメイクもしたのでかなり可愛かった。可愛い。わたし。充実した休みを過ごすわたし。睡眠が足りていないと自己嫌悪の波が、焦りの渦が、わたしの頭を揺らがして、楽しんでいた自分ごと殺してしまいたくなる。だからシャワーを浴びたら早く寝ましょう。自分の機嫌を取ることばかり上手くなって、わたしはどうなりたいんだろう。どうでしょうね。そういう思考に蓋をして生き延びてきましたし、これからも多分そうです。

日記:20240210 やる気・元気・負けん気

 いわゆる中途覚醒というやつが頻発していてげんなりする。多分新しく飲み始めた薬の影響である。人によって胃のむかつきとかあるので寝る前に飲むといいですよと言われ、そのとおりにしているのだが、毎夜なんとも言えない感覚で意識が覚醒するのである。嘔吐には一歩足りない、気持ち悪いのは気持ち悪い、吐こうと思えば吐けそうだけど爽快に吐ける気がしないし薬も吐いちゃいそうで嫌。眠気で朦朧とした意識でゆっ……くり水分を取り、布団で丸まり、お気に入りの音楽なりラジオなりを流して意識をそちらに集中させて、いつの間にか眠る。睡眠の質は良くないが、8〜11時間は横になって身体を休める。休息を得る。こんな調子で息だけして生きてるよ……🎶

 

 仕事でうまくいったりうまくいかなかったりを繰り返している。私は思い込みが激しい部分があり、思い込んで作業進めて報告する段になってから冷静に見返して「いやこれ依頼されてた内容と違くない?」となり、本日数時間の作業が水の泡!wとなること多々。そんな感じ(自分に非がある)なのでまぁ残業もしゃあないかと思っているのだが、先日は普通にどえらいミスをやり、上司からあなた残業してるよね残業した分早く帰れる日は早く帰りなさいね的なあたたかいお言葉をいただく羽目になる。いや……すみません……当方がポンコツでぇ……生産性も低いのでぇ……他の方と同じだけ成果をあげようとすると残業せざるをえなくてぇ……なのでホントに大丈夫です……という気持ちと、でも不注意ミスと疲れには相関はあるだろうしそも労務管理的な観点で残業されると困るんだろうなという気持ちと、で板挟みになりそうで、まぁでも労務管理はわたしの仕事じゃなくて上司は上司のやるべきことをやっているだけでそこにわたしが気を揉む必要はないヨナ(改善しようという気持ちとそれに付随する行動は人事評価を上げたければやるものであって義務ではない)と思ってお茶を飲む。

 

 そんなこんなで今週はずっとンニャーという感じ。個人レベルの物事が全然うまくいかない。というわけで、出勤前に職場近くの喫茶店で朝食(時間的には昼食)を取ることにした。古い喫茶店は煙草のにおいがする。客が煙を燻らしている。煙草のにおいは落ち着く。多分幼少期の記憶、たまにしか帰ってこなかった父のことを思い出すからだろう。父の車の後部座席に乗り込むと、いつも車特有の嫌なにおいと煙草のにおいがした。父の書斎は、父が居なくても煙草のにおいが染み付いていた。広義の薬物全般に対して依存がこわいと思っているので、自分では煙草は吸わない。吸っている知人には健康のために控えてほしいと思っている。けれど、好ましいにおいだという認識は変えられない。喫茶店では歌謡曲〜平成初期の流行り歌のカバーが流れていた。父はカーステレオで80年代の日本の歌を流していたことを思い出す。まとまらないままぽつぽつと思いを馳せて、手作りの海鮮ピラフをいただく。食後の紅茶も美味しかった。

 この連勤が終わったら、長い電車移動のある一人旅を予定している。たのしみです。

 シャワーを浴びたら早めに寝ます。

20240131∶約束

ほとんど昨日のことについて書いてます。

きもちライブレポみもある。

 

 キタニタツヤさんがド地方に来てくれたので、行きました。そのための、帰省。

 チケット確認したら前から4列目……前から4列目……!? 死ぬ……! →死にました。

 

 運試しでランダムグッズを買い、開演前に開封。白無垢アクキーを念じながら取り出したのは、生首ヘアゴム。

 生首ヘアゴムは、なんぼあってもいい。

 

 マジでキタニの顔がはっきりくっきり見える距離で音を浴びた。普段のわたしは大きな音と歌に精神を浸らせることを目的にライブに行っていて、だからライブハウスみたいな場所では基本最後列とか端っこでじっとしているのだけれど、さすがにこの近さで腕組み地蔵は失礼と思い、当社比全力で動きました。動いても楽しかった。隣のお姉さんが元気なライブ慣れしてる感じのお姉さんだったので、一緒に元気になれました。徹頭徹尾幸せな時間だった。嬉しかった。

 以下は感想メモから抜粋です。

 

・年々乱視がひどくなっていき遠くのもののピントが合わないのですが、コンタクトあり肉眼でキタニの顔がしっかり見えた。頑張れば毛穴見れる距離。成仏成仏……

 

・席が秋好さんの目の前で、めっちゃファンサービスしてくれるのが間近で見られて、本当にいつもありがとうございます……という気持ち。ありがたすぎて、撮影してたのに秋好さんが定位置戻るとき思わずスマホごと一礼してしまった瞬間があった

 

・ラブソングのコーラスで「生きているのがどうしようもなく恥ずかしい」って叫べて、嬉しい(^_^)

 

・キュートアグレッションの「僕も壊したいなぁ」はセクシーのあまりそろそろ規制が入るので聴けるうちに聴いたほうがいい

 

・私が明日死ぬなら は“ラブソング”なんですね。本当にありがとう。約束しちゃった🤙

 

・Moonthief、ライブでめちゃくちゃ楽しい。(記憶が確かなら)キタニ途中で給水しに行ってたし歌うの絶対大変だけど、アッアッオーするの楽しい。「死にたくなるほどの夜だけはちゃんと生きれてる気がしたんだ」を力強く歌ってくれてるの気のせいじゃなかったと思いたい

 

・素敵なしゅうまつを!で最後の「素敵なしゅうまつを!」コーラスで指揮者みたいな動きしてたキタニ、よかったな……(腕組み)

 

 ずっと嬉しい、楽しい時間だった。

 なかでもとりわけ、予定外のアンコールが本当に嬉しかった。

 マジで良いライブだった😭最高😭ありがとう😭って未練がましくステージの写真取って……上着きて……タラタラ……てしてたらキタニが走って出てきてマジで心臓ビョン❗ってなった。そして青のすみかおかわり。一緒に歌ってって言われて、前の方だったからキタニがマイク通さずに歌ってる声も聞こえて、本当に一緒に歌えた。青のすみかという歌はかなしいさみしいはかない離別の歌だと思っているのだけれど、あんまりにも嬉しくてアンコールの間中わたしはずっと笑顔だった。ちょっと視界が滲んだけど、嬉しい涙だった。わたしは満面の笑顔で「🎶徒花と咲いて散っていく君に🎶」を歌いました。徒花と咲いて散っていくなんてシビアな歌詞を笑顔で口にすること、ないよ。まぁキタニもニッコニコだったし、多分それでよかったんでしょう。アンコールまで終わったあと、隣のお姉さん(※完全初対面)と「本当に良かったですよねェ〜!」と手を握り合ってしまった。わたしは妹と一緒に来ており、電車の時間もあったので早々に去らねばならなかったのだが、一人で来ていたら間違いなくあのままお姉さんと飲みに行っていた。この陰で内向的なわたしが! 本当に、良いライブでした。

 

 以下はライブレポみの薄い回顧の文章。

 わたしがどこにいても何をしてても自分がここにいていいと思えなくて、音楽に逃げ場所を求めて、誰にも助けてもらうことができない(助けてもらうための発信ができない)状態にあった数年の間、彼の音楽は私の逃げ場所としてずっとあった。(こう書いてしまうとずっと熱心に追っていたように見えてしまいそうだが、そういうわけではなく、わりと浮き沈みしながら聴いてきた。ただ彼の書く曲でとびきりお気に入りの曲が何曲かあって、それらはずっと聴いてきたし、お気に入りの曲は定期的に増えてきたのも本当のこと。)そんな彼が本当にしっかりと目を合わせられそうな距離でパフォーマンスしてくれたこと、ニッコニコの笑顔でアンコールに出てきてくれたこと、全部がほんとうに嬉しかった。

 家に帰って眠る前、過去のことを思い出して、布団のなかで少し泣いた。どこにも行き場がない、何にもできない、どうしようもない。即売会のイベントに行くようなお金は無い、アルバイトもできない、通販は、金も稼いでこれない身分で、こんな、こんなこと。恥ずかしい。何にもできない。スマホニコニコ動画を開いて、クロスフェードだけ見て。ぼんやり。眠らなくてもまた朝は来る。この家には、地元には、その類の思い出が染み付いている。だからできるだけ帰りたくない。その地元からわりと簡単に行ける場所に、彼が来てくれたということ。ニコニコ動画で1再生を増やすことしかできなかった頃の自分が少しは報われたような気がしてしまう。

 ずっと逃げている。家に帰らないこと、家族からの連絡を返さないこと。家族の加齢に伴う様々な問題からも逃げて、過去からも逃げて、死にたい気持ちが暴れまわらないように生きている。

 わたしは明日も生きていくんだ、と彼と約束した、とわたしは思っているから、生きていく、生きていかなきゃね、と思う。どうにか今日も、明日も。ステージの白い光を網膜に焼きつけて、地方と呼ばれる場所で生きていく。

総括and目標

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 します、2023年の総括を……。

 

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 2023年は本当にすごかった。ざっくり振り返ります。

 

 1月→新年早々〆切を破って相互フォロワーに平謝りする。あとアヴちゃんに会えた(※ライブに行ったことを意味する)。あと職場がヤバくなった。

 2月→友人とお泊まり乙女ゲーム会をやった以外の記憶がない。

 3月→職場が更にヤバくなり、ほぼ崩壊する。

 4月→ニコニコ超会議に一般参加。寄稿した本の実物を手に入れたりボカロPに会えたり(※対面でCDを買ったことを意味する)して、情緒がいっぱいいっぱいになる。

 5月→大大大大好きな実在男性と実在男性が交流している様子が表に出てくる。

 6月→念願の軽井沢旅行&大大大大好きな絵師と大大大大好きな声優がメイン起用のゲーム発売の豪華二本立て。

 7月→好きな方の姉に会い、相互フォロワーとコラボカフェで会い、ウキウキする。

 8月→解散しちゃった大大大大好きなバンドの二十周年記念ライブに行けて、昇天。

 9月→この月だけで2回自宅のオートロックの鍵を忘れて帰宅失敗→深夜徘徊する。

 10月→キタニタツヤに会えた(※ライブに行ったことを意味する)。

 11月→推しカプのぬいを手に入れて、狂う。狂う以外の時間は、メンヘラ。

 12月→カラオケ主目的の関東旅行でエンジョイする。

 

なんというか、すごい、幸せな一年だった。職場は3月から今までずっと崩壊しているのでそこは最悪なのですが、余暇ではこれ以上ないと思えるほどの幸福な瞬間が幾つもありました。個人的に大きいトピックは、大大大大好きな絵師と大大大大好きな声優がメイン起用のゲーム発売と、大大大大好きなバンドの二十周年記念ライブです。どっちも、私が人生かけて好きですと断言できる人たちが関わったもので、こんな経験ができるなんて、夢にも思っていなかった。いまだに夢じゃないかとちょっとこわくなる。私に都合が良すぎるから……。仮に私が不治の病に臥せって余命宣告されたら「心残りがあるとするなら、好き絵師と好き声優がメインで関わってるコンテンツが見たかった……あと好きバンドのライブに行きたかった……」と言っていたと思う。そのレベルの夢、念願だった。

 ゲームの方は、好き絵師と好き声優がメインで関わっているというだけでもう加点10000点なんですが、キャラクター同士の関係性を楽しむことを主軸に置かれていて、それもすごく嬉しい。まだ全クリしていないのだけれど、キャラクターの性格も、対するキャラクターが変わるとかなり印象が変わる、生々しい造形になっている。Vライバーを好きになって関係性萌えを発症したので、その意味でもなんか本当に私の人生の伏線回収みたいなゲームだなと思う。シナリオがボリューミーなのですが、年内にちゃんとクリアしたいものです。でもそれって長く作品を楽しめるってことだからやっぱり嬉しい。嬉しいな〜。

 ライブの方は、本当に幸福な時間だった。中学生になるちょっと前に代表曲を聴いて好きになって、その数ヶ月後に解散したバンド。全部の曲を聴いたのはバンドが解散してからだったけれど、聴けば聴くほどその確立された世界観、鋭い、寂しい、時にやさしい楽曲たちに魅了された。オリジナルメンバーのベースが、音楽活動自体辞めてしまったから、再結成はもう無理なんだと思うと、心底悔しかった。あと10年早く生まれていたらライブハウスでギラギラに神経を尖らせたあの人たちのライブが見られたのに、と、比喩抜きで何百回かは思った。電車に乗れなかった午前中、眠れない夜、死を考える昼、逃げるように彼らの曲を聴いた。人生の節目節目で彼らの曲に身を浸してきた。ボーカルはソロで活動を続けていて、そのソロ活動の十周年記念ライブのアンコールで、オリジナルメンバーでの演奏があったと知った。比喩抜きで血を吐くかと思った(さすがに吐かなかった)。マジでそういうのはやるならやるって言ってくれ一生モンの後悔なんだけど……と思いながら時は過ぎ、やってきたバンド二十周年ライブの告知である。ボーカルとドラムはオリジナルメンバー、それ以外はサポートメンバーというかたちだが、あのバンドの名前を冠したライブには違いない。一般で取れるかなぁ!?これ一般で取れるかなぁ!?と血涙を流しそうになっていると、苦手な方の姉がファンクラブ先行でチケット2枚当ててくれた。一緒に行くことになった。姉のことがどうして苦手なのかは多分音楽の趣味はかなり合うので同族嫌悪ですの一言で片付けさせてもらって、いざライブ。思い出しただけで涙が出そうになる。ソロになってからバンド時代の曲はファンサービス程度にしかやらないから、もう生で聴けないんだろうなと思っていた音源が、目の前で演奏されて、歌ってくれる。私が何度も何度も呟いて、生きる力にしてきた言葉を、それを紡いだ本人が、数十メートル先で楽器をかき鳴らして歌ってくれている。私が地縛霊だったら成仏していた。実際、ボーカルもMCで客に対して怨念を感じるだの引導を渡しに来ただのと言っていたので、私みたいな輩があの場にごろごろいたのでしょう。怨霊を生み出したのはあんな終わり方したうえバンド時代のマイナーめな曲は全くやってくれなくなったお前の責任も大いにあると思うけど〜!?と内心キレながら、それ以上に、軽口すら嬉しかった。ライブのセトリはほんとうにほんとうに最高だった。好きな曲が多すぎるので好きな曲全部やってくれるわきゃない(どう削っても好きな曲プレイリストは3時間以上になる)のは承知の上で、それでも好きな曲打率が高すぎた。長々書いてきたついでに特大にキモいこと言っていいですか。とある曲のアウトロで、ふっとボーカルが宿した雰囲気、目のギラつきで、わたし次に演る曲が何か分かったんです。ライブ前に姉と「やってほしいけどやってくれなさそうな曲ランキング1位w」とか言ってキャッキャしてた曲が、あっこれ次に来る、今からやるってわかったんです。そしたら案の定キレッキレのギターのイントロが流れて……わたしは……頭が真っ白に……。あの瞬間、私とボーカルが、通じ合って、いたんですよね……。特大キモ発言、以上です。そしてライブのアンコール。暗転したステージに三人の影。「まさか」と「だよねぇ!?」のはざま。力強いギターソロから始まる、インディーズ時代の彼らの代表曲のひとつを奏でるのは、オリジナルメンバーのボーカル、ドラム、音楽活動を辞めてしまったベース。もう『一般人』の彼がまたこうして数千人を前にしたステージに上がってくれている。私が10年聴いてきた音源を奏でたオリジナルメンバーが今この目の前で音を鳴らしている。筆舌に尽くしがたい、と表現するほかない。ほんとうに、本当に、幸せな時間だった。ライブ前緊張&ライブ後興奮しすぎて、ライブ前、当日、ライブ後の3日間累計10時間くらいしか寝てないとかいう遠足の時の小学生の進化版みたいになってましたが、全然疲れを感じなかった。それくらい、幸福な時間だった。ちょっと文量割きすぎたのでいい加減切り上げますが、ほんとうに、この思い出を一生大事に抱えて支えにしていきます、と心底思える時間を過ごせたのです。

 

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 2023年。実は3月頃にニコニコ動画プレミアム会員になりました。ニコニコ動画に入り浸り始めて11年。ようやっと。それでせっかくならとボカロ曲をdigる日がちょくちょくあって、そういうエンジョイもできました。夏のボカコレと無色透名祭2はわりとしっかり視聴者やりました。やっぱりボカロっておもしろい。たのしい。花隈千冬ちゃんの声がかわいい。幸せ。わたしはやっぱり、ボーカロイド(合成音声)楽曲とそれに付随する諸々、n次創作の、あの手作りの感じがかなり好きなんだと思う。メジャーで金をかけて作り上げる大々的なもの、それに価値がないと言うつもりはないし、それらに心動かされることだって多々ある。でも、あのボーカロイド(合成音声)周辺に漂うある種の内輪ノリの雰囲気とか、目にもの見せてやろうというギラギラ力の入った感じとか、簡潔には形容しえないもやついた感情を発露する感じとか、ボーカロイド(合成音声)という薄い一枚膜のなかで渦巻く雑多なあの感じが、好きだ。加えて私はボーカロイド(合成音声)に託さざるを得ないような性格の悪い(と世間一般に評されるであろう)歌詞がかなり好きだし、ボーカロイド(合成音声)に託さざるを得ない人間の姿も好きだから、よけいに居心地がいい。「趣味でこんなにすごいことをやっている人がこんなにいるの!?」という驚きと感嘆からボーカロイド(合成音声)の沼に頭から突っ込んだ中学生の頃に比べると、ちょっと曲に対するスタンスとか聴き方とかは変わったけれど、でもあの頃の、宝物を探すように楽曲を視聴する感覚を取り戻した年でもありました。

 ついでにボカロ10選 からはみ出したボカロ15選作ったので載せときます。

https://www.nicovideo.jp/mylist/76166520

 

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 2023年。人に見せるところに置いた二次創作の文字数を数えたらざっくり45000字を越えていた。これは個人的には一大ニュースである。だってここ数年(5年くらい)人に見せるところに文章を置くのは年に数回で、それもほとんどが日記だった。二次創作とはいえ小説を、ひととおり体裁を整えてこんなに公開したこと、今までにない。卒論の文字数も越えててビビってる(※卒論の文字数がカスなのもある)。

 足かけ10年近く内向ウジウジメンヘラさんをやっていて、特にここ数年は世間への全身怒りモードと完全アパシーモードを行ったり来たりで何にもうまく出力することができない苦しみに満ちていた。内向ウジウジメンヘラさんなのは今も変わらないが、それはそれとして多少形になったものを人に見せられるようになったのは、本当に大きな一歩だと思う。最悪な最悪な記憶を無かったことにしたくないし、世界のこともまだ恨んでるし、何にも美談にして語ってなんかやりたくはないが、やっと、時間が傷を多少癒してくれるフェーズに入ったのかもしれない、と思うと、感慨は深い。ただ、諦めを抱いていろんなことを放棄する癖が強くなっている感覚もあるので、今年はこの辺りのバランスを取っていきたいところです。

 

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 とかく私にとって2023年は幸せな一年だったといえよう。人生ピークだったかもしれない。まぁ思い残すことはだいぶ減ったので、逆に振り切って生きることができるようになるかもしれないね、という希望的観測と、ざっくり今年の目標を立てて〆ます。

 

2024年の目標

・同人誌を出す

・家計簿アプリで支出管理をちゃんとやる

・最低週1でジムに行く

・毎月予定を立てる 自分との約束をできるだけ破らない

・仕事以外の新しい人間関係を作る

 

気負わずやっていくぞい。以上!

日記:20231219 ほんとのほんとに眠い

 眠ってご飯を食べて眠って液晶を見つめてまた眠ってのそのそと動く、そんな生活。

 色んなものを投げ出したくなるが、実際わたしが抱えているものなんてほとんどないし、数少ないそれらもすかすかである。重たいものは全部わたし以外の誰かが持っている。わたしは他者に助けられて生きている。自分ばかり不幸なんてことはありえない。むしろ逆だ。わたしはよく眠りよく食べて余暇をたっぷり過ごす生活を送っている。幸せ。これ以上ないほど贅沢。できるだけ死にたくならないように生活環境を整えてきたつもり。その結果がこれなのだから、誇って、持て余すくらいなら誰かに分け与えればよくて、それをしないのはひとえに私が怠惰だからに過ぎない。誰かわたしをぶん殴るか、脳に電極突き刺すかして、劇的に変えてほしいと思う。それも全部甘え。克己心がない。向上心がない。ないなら作ればいい。相応に振る舞えばいい。心の拠り所がほしい。宗教に縋りたい。縋れない。死んでしまいたくなる。逃げているだけ。どうしたらいい?わかっていてもやりたくないんだから、もう、どこまでも私の自意識の問題でしかない。そのうえで助けてほしい。誰かに。誰かって誰のこと?自分か。

 

 眠たい。眠たくて眠たくてずっとこのまんま痺れるほど眠ったら起きてソシャゲ開いて眠る。カスの小夜子。

 自殺することを考えたとき頭に思い浮かぶのは親のこと、祖母のこと、私を片付ける特殊清掃のひとのこと。修学旅行で死にたくなってた時は引率の先生と担任の先生のことが思い浮かんだ。その人たちのことを考えたら、私はここで死んではいけないのだと思って、耐えた。修学旅行のときは、家族のことはあんまり私の頭に出てこなかった。代わりに視界にいる先生のことが強く出てきた。あの他者への義理みたいな感覚、わたしが死んだ後に起きる問題を考える力が、死んでしまいたいという願望、死んでやるという衝動に負けたとき、自殺できるのだとわかった。一緒に過ごした時間が長い家族よりも教師のほうに義理の感覚が強くはたらいたあの時間は、結構特大のチャンスだった。頭がうまくはたらかないと、他者への義理も思考も薄くなる。もっとちゃんと“鬱”にならないとあの状態に行けない。行けなくなったのだから、私は生きていくしかない。笑顔で。

 親も祖母ももうしばらく生きそうなので、多分私も死ねない。そのしばらくが耐えられないだろうから、自分より大切なものを作ってそれに心血を注いで自分のこと自意識のことなんかどうでもよくしてしまいたい。そしてそれは世間一般的には親孝行の一つとして扱われているから、やらない理由はそんなにない。自我なんていらない。他者に奉仕するだけの存在になりたい。からっぽにしたい。苦しいと思って毛布に包まって眠っているうちに一日が終わる。身体ばかり年季が入っていく。精神がいつまでもいつまでも未熟でいる。なにもできない。そんな自分を変える気もない。おしまいです。人生はおしまいしてくれません。健康な肉体がもったいない。そう思ってます。本当です。

 

 まぁヘラってるのも急に寒くなったせいでしょう。そういうことにしたい。そういうことにして生きてるよ。

 

 冬の夜勤明けの時間帯は夜の延長ぽくて、街がまだ死んでて、歩くのが気持ちいい。わたしは結構ギリギリまで人との関わりを減らして、金で色んなことを解決している、資本主義社会のおこぼれを大量に得ている人間なのに、資本主義の構造も人間全体のことも恨んでる。ひとけの少ない平日のカフェチェーンでカフェインをすすりながら、皆んなずっと眠っていればいいのにと本気で思ってる。矛盾のかたまりです。イェイ。

 もうダブルピースするっきゃないんですよ、こんな日にはね……。

日記∶20231126 やめて〜

 実在人間との関係とかそういう話を書いてるので実在人間の話が苦手な方は読まないでください。

 

 日記なのだが、昨日のことを書く。それが俺の日記道だから……。

 昨日の朝。うう、生きていたって仕方がない……と薄い布団に挟まって幾星霜。プライベートの予定関係で連絡をしなくてはならないのに頭に綿が詰まったような感覚に支配され、スマホを手に文字を打ち込んでは消し……打ち込んでは消し……をしているだけでどんどん時間が経過していく。あ〜これなったことあるやつ……とにぶく働く頭の奥の方で思って、だからといって思考がまとまらないのには変わらない。どう、何、何て言えば、何から言えば、助けてくれ、と思考が散逸するばかりである。せめてなにか、なにか連絡しなくては、とぐるぐる焦る頭で、なにか、多少乱雑でも連絡を送っていいひと、を考えて交際相手に連絡をした。今回のプライベートの予定は交際相手も関わるものであったため、ここは一旦彼に連絡するのが最善だと思った。言葉も思考もまとまらなくても、彼なら多少わたしの意図を汲み取ってくれるのではないかという甘えを、わたしは持っていた。彼とのトーク画面を前にしてもなおわたしはろくに自分の状況を伝えられず、なにかを察した彼に音声通話をかけてもらって自分の状況を相談するという体たらく。そして通話をかけてもらっても、わたしはぼろぼろの喋り口で、会話をリードしてもらう始末。書いててキツくなってきた。交際相手に介護をさせるんじゃありません。でもあのまま妖怪・スマホの充電が切れるまで連絡しようとして文字を打ち込んでは消し……打ち込んでは消し……になるよりは、ひとに助けを求めて事態を進めた自分は成長、した、と言えるだろうか。どうなんだこれ。自分がどんどんモンスターになるような気がする。

 交際相手はメンタル面に関しては本当にフラットで、わたしがド病み散らかしている時に会話をすると「これが健全な思考回路かぁ」と思う。同時に断絶、自分が化け物なのだと自覚もするのだが、それはそれ。そして、フラットだけどちゃんとわたしの話を聞こうとしてくれるのが、改めてありがたいと思った。わたしが全然喋れなくって、問いかけに対して、ラジオなら無音放送事故10回分になりそうな沈黙をしていても待ってくれる。本当に申し訳ないと思っているし、自分のこういう所は本当になおさなくてはならないと思っているのだけれど、わたしがヘラり散らかして限りなく地蔵に近づいているときでも、わたしが話そうとしているなら待とうという姿勢を持っていてくれるのが本当にありがたかった。交際相手の好きな所は優しい所というとよく聞く安易な表現のようになるが、事実として私は彼のこういう所が好ましいと思っている、と改めて自覚した。わたしの話を聞こうとしてくれる人がいるということ。得難いことです。とはいえこんなんが頻繁にあったらやってられんのも重々承知なので、本当に、ちょっと……します、生活の改善を……。

 

 ↑の文章を読んだあなたが思い浮かべた単語を当てます……。

 

 ……。

 

 「理解のある彼くん」。

 

 いかがでしたか?

 

 まぁ「誰にも分かってほしくないから日記に書かない幸せ」も「誰にも分かってほしくないから日記に書かない最悪」もあるわけで、だからこそ彼のことはほとんどこの日記に書いてこなかった。

 勿論ここに書くことを全部わかってほしいと思っているわけじゃない。ただ自分の本名住所職場その他をつまびらかにしない程度には理性を働かせて書いたものを置いているわけで、その理性は個人情報以外の部分にもはたらいている、ということです。

 

 洗濯機を回したのに、干せなくて、雑菌が繁殖しまくっただろうからもう一度洗剤を入れて、回して、干せなくて、もう一度洗剤を入れて回して、ようやく干せた。

 部屋が片付かない、お腹が痛い、頭が痛い、お風呂に入れない、シンクが汚い、ご飯を食べたくない、食べるものがない。どうにか仕事だけはする。風呂に入れなかった日でもリモート出勤でどうにかなるのが現職で得ている最大の恩恵である。優先順位の最上位に仕事を置いていて、結果、他のことは本当に何もできない日常。もっと言えば仕事に関するスキルアップ的なことも停滞していて、日常のルーチンワークをこなすために仕事をして、わたしの一日はそれをどうにかこなすためだけに存在する。休日が多い現職でこれなら、他の仕事に就いたらもっと簡単にわたしは終わってしまうのだろう。わたしはどこへ行けばいいのか。どこに向かうのか。果たして。今日も頭が痛い。

 

 全部が嫌だな……と思いながら、初音ミクを購入した。どういう思考回路?

 端的に言えばブラックフライデーセールで安くなっていたので買った、だけ。

 まぁ、なんというか、いいですよね。大人なんだから。自分で稼いだ金をこういうことに使うために生きてきたんじゃないか、ということでね。そういうことでひとつ。

日記∶20231120 とける

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 食べられなかったコンビニご飯を職場に置き忘れて消費期限が過ぎてしまって捨てるために持って帰る。自分が何のために何をしているのか分からなくなる。分かろうとすることが傲慢だろうか。

 

 家を出るときに買ったペットボトルのお茶が、職場に着いたらなくなってた。職場に向かう途中10分ほど座った公園のベンチに置き忘れたかしらと帰りに公園に寄ったがどこにもない。誰かに片付けられたのだろうか。申し訳ない。頭がぼんやりする。

 

 深夜に歩くとそこそこ広い道路を横断できるのがうれしい。明るい時間は車が多い道路だとなおさら。人間の数が少なくなったような錯覚で安心する。だから夜が好き。夜に生きていたい。スーツも眼鏡も暗闇に溶けて見えなくなればいい。

 

 たまに仕事帰りに寄っていたコンビニが閉店すると貼り紙をしていた。すかすかの陳列棚。何も変わらないでほしい。わたしを置いていかないでほしい。

 あったかい棚に並んでたお茶を買ったけど、飲んだら生ぬるかった。今日の仕事中は水分を取れなかったからそれでもよかった。常温より高くて人肌よりは低いお茶をぐびぐび飲みたかった、けど、一口のんでなんかもう要らないなと思った。歩いて帰って家に着いたら飲めた。ぜんぶ。

 

 昨晩は洗濯かごにできた山を少しばかり崩して洗濯機を回したのだけれど、どうしようもなく寂しくて苦しくて、暖房を入れて橙の電気を点けて、洗濯の終わりを知らせる電子音が聞こえたのに毛布から抜け出せないで、いつの間にか眠った。朝起きて洗濯機の蓋を閉めたまま、もう一度電源ボタンを押す。自制心が弱っていく。どんどん。端から無いようなもの。このままもっと細っていけば念願叶って死ねるだろうか。年ばかり取って青くさく未熟な感性が消えない。いい加減にしてくれ。

 

https://youtu.be/_qDgLENi2dA?si=1hSs1hqGkTqMa9NK

 初めて聴いてからかなり時間が経っているけれど、いつ聴いても愛の歌だ……と思う。恋の歌でもあるのだけれど、すさまじく“愛”だ。

 お腹が痛くなったら手当てをしてあげる。愛だ。

 うらやましい、と思う。そう思える人間に、感性に。わたしにはない。わたしにはないから愛されない。愛されてみたい、なんて充分慈しんでもらっているのに思っている。本当に未熟で、誰か私をどうにかしてくれませんか。